南京事件に関するメモ・国際法遵守の問題

また戦争のはじめから日本の政府にも軍にも、中国の民族意識や国家的統一を無視し、簡単な一撃で中国を屈服させることができるという軽視感があった。だから戦争といわず「事変」でおし通したのである。さらに軍中央は、戦争でなく事変だから、戦争法規は適用しないという態度をとった。華北の戦線が拡大した三七年八月五日、陸軍次官から支那駐屯軍参謀長あての通牒では、「現下の情勢に於て帝国は対支全面戦争を為しあらざるを以て『陸戦の法規慣例に関する条約其の他交戦法規に関する諸条約』の具体的事項を悉く適用して行動することは適当ならず」とし、さらに「日支全面戦を相手側に先んじて決心せりと見らるる如き言動(たとえば戦利品・俘虜などの名称の使用)」は避けるよう指示している。その後も各部隊にたいし、同じ趣旨の通牒が逐次伝えられたとされている。すなわちこの「事変」には「国際法規は適用しない。俘虜(捕虜)という言葉は使わない」というのが陸軍省の方針だとして、各部隊に伝えられたのである。

さらに日本軍には、中国軍、中国人にたいする蔑視観が存在していた。陸軍歩兵学校が一九三三年一月に作成した『対支那軍戦闘法ノ研究』という参考書がある。香月清司教育部長の序によると、教官氷見大佐の研究で、学生および招集佐官にたいする教育用として刊行されたとされている。そのなかに「捕虜の処置」の項があり、次のように書かれている。


捕虜ハ他列国人ニ対スル如ク必スシモ之レヲ後送監禁シテ戦局ヲ待ツヲ要セス、特別ノ場合ノ外之レヲ現地又ハ他ノ地方ニ移シ釈放シテ可ナリ。
支那人ハ戸籍法完全ナラサルノミナラス特に兵員ハ浮浪者多ク其存在ヲ確認セラレアルモノ少キヲ以テ假リニ之レヲ殺害又ハ他ノ地方ニ放ツモ世間的ニ問題トナルコト無シ。



このように日本軍は中国人、中国兵を蔑視し、国際法上の捕虜として待遇する必要がないし、たとえ殺しても問題にならないという考え方を、堂々と歩兵学校の参考書に記述していたのである。

(「南京大虐殺の研究」p66-67、赤字による強調は引用者)

南京大虐殺の研究

南京大虐殺の研究