「反日」という「無敵の言葉」を疑え

以下、mixiに書いた日記を一部修正して転載。



久々に日記。というのも、このニュースについての日記で、容疑者の行為に肯定的な意見が意外に多かったので。

ロート製薬に「CMでキム・テヒ使うな」 強要容疑で元市民団体関係者ら逮捕

大手製薬会社「ロート製薬」(大阪市生野区)がテレビCMで韓国人女優を起用していることに言いがかりをつけ、降板させるよう脅したとして、大阪府警捜査4課は10日、強要容疑で京都市右京区山ノ内宮前町の元市民グループ支部長、西村斉容疑者(43)ら4人を逮捕した。西村容疑者は「日本の領土に関わることなので、あれくらい脅さないといけないと思った」と容疑を認めているという。

逮捕容疑は今年3月、同社を訪問し、応対した男性社員(50)をビデオ撮影した上、その場でインターネットの動画投稿サイトに投稿。さらに韓国人女優について「竹島を韓国の領土だと世界中で宣伝している反日活動家だ」などと脅してCMから降板するよう求めたとしている。

同社をめぐっては、今年2月、韓国の人気女優、キム・テヒさん(32)を自社CMに起用したことについて、インターネットの掲示板などで批判が殺到。発表会見が中止になるなどのトラブルがあった。


http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/120510/cpb1205101336002-n1.htm




問題の抗議(因縁)で、容疑者は「俺、右翼紹介したるわ。右翼の事務所行って言え」と発言している(http://t.co/4GgS1wRp)。この文脈での「右翼」は「暴力団」とほぼ同義だから、「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し…」にモロ当てはまる。(ウィキペディア強要罪」→http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E8%A6%81%E7%BD%AA)。そもそも容疑者自身、「あれくらい言って 脅 さ な い と回答しないと思った」と容疑を認めているのだからして、完全にアウト。



しかしそもそも、だ。「竹島(韓国風に言えば独島)は韓国の領土」と発言した韓国の女優をCMに起用して何がアカンの?っていう。容疑者自身が公開した動画を見ると「日本国民代表として」とか言ってるけど、いやいやおいらも日本国民だけど代表に選んだ覚えはありませんから。ついでに言うと「日本政府の見解である『竹島は日本の領土である』と答えないから来た」というのもキモチ悪い(※注)。いつから日本は「日本政府の見解を日本の国民及び企業は支持しなければならない」なんて全体主義国家になったんだっていう。パッチギの大友康平のように「表現の自由でしょう」「日本国憲法知らないんすか?」と言いたくなる(http://www.youtube.com/watch?v=8COmlGZyMig&sns=em)。こんな基本的なことを言うのはそれこそ「言わせんな恥ずかしい」のレベルだと思うのだけれど、たとえばアメリカ国民が「日本への原爆投下は間違ってた」とか「アフガニスタンイラクへの武力介入は間違っていた」と考えたり表明したりするのが何にも間違っていないのと同様、もっと言えば中国人民が「チベットやウィグルの人々の自治や人権を認めるべき」と考えたり表明したりするのが(以下同文)、ビルマ(ミャンマー)の人々が「軍事独裁政権による人権侵害や弾圧に反対する」と(以下同文)、「竹島は日本の領土」という見解についてどう考えようと自由のはず。



そもそも、ここからが本当に言いたいことなんだけど、「反日」という言葉(類義語に「国益」)がここまで「無敵の言葉」―相手の主張を否応なしに封じ込め、思考停止を促す―になってしまっている現状がキモチ悪い。日本について少しでも批判すれば、あるいは日本の負の側面(いわゆる強制連行とか南京事件とか)に言及すれば、すぐ「反日」認定。「反日」とレッテル貼りすることで、その批判が妥当であるか真実であるかという検証は免除されてしまう。そういう「空気」がどんどん厚みを増している。


そういう意味では、今回の逮捕の件、至極当然だとは思うけれど素直には喜べない。少なくとも彼らの行為を肯定・称賛する人々が一定数いるというのは、彼らの目論見が半分以上達成されてるということだから。





ロート製薬は容疑者からの質問に対して「(竹島は)日本の領土であるとする政府見解を支持しております」と回答している。 http://t.co/q09dyJPe

ローザ・パークスと「彼」。

今より人種差別がもっと酷かった頃の1950年代のアメリカで、一人の黒人女性がバスで白人に席を譲るのを拒否し、逮捕された。彼女の名前は、ローザ・パークス


http://www2.netdoor.com/~takano/civil_rights/civil_04.html


黒人が白人に座席を譲るのが「当然」だった時代、それを拒否するのは「非常識」な行為だっただろうし、その上危険でもあったろう。現に彼女は逮捕されたし、あるいは殺されて「奇妙な果実」として吊るされても不思議ではなかった。「黒人であるという理由で白人に席を譲ることを拒否する」という、今思えば実にささやかな、慎ましやかな行為は、その意味で無謀だったと言える。


それから50年以上経った現在の日本の話。「朝鮮人は出ていけー!」などとヘイトスピーチを公然と撒き散らす団体(在特会)の「デモ」に、たった一人で抗議のメッセージを掲げた在日韓国人の青年がいた。彼はその団体に集団リンチされ、その上(自分からは全く手を出していないにも関わらず)「逮捕された」。


事件直後、在特会に反対する立場にある人から「あんな『非常識』なやり方では在特会と同じだ。世間から白い目で見られてしまうし、反在特の流れの足を引っ張ることになる」という声があがった。


「非常識」?そうかもしれない。相手は暴力も辞さない危険な集団だし、実際あちこちで暴力事件を起こしている。そんな集団に一人で立ち向かうなんて「非常識」だし「危険」だし「無謀」だ。ローザ・パークスの行為がそうであったように。彼の行為がそういう言葉で非難されるなら、ローザ・パークスも同じ言葉で非難されなければならないだろう。


「世間から白い目で見られる」?そうかもしれない。特にニヒリズムがはびこり、「空気を読むこと」を良しとされる現代日本にあっては、彼の行為を冷ややかな目で見る人もいるだろう。ローザ・パークスの行為だってすべての人の共感を得たわけではない。


ちなみにローザ・パークスの一件がきっかけであのキング牧師が登場し、黒人によるバスのボイコットが始まった。そこから公民権運動が生まれた。NHKの某番組風に言えば「その時、歴史が動いた」。いや、正確に言うならば、彼女の勇気に打たれ、共感した人々が「歴史を動かした」のだ。


さて、「彼」に話を戻すならば、今問われるべきは「彼」の行為の是非ではなく、それを受けて「私たち」がいかなる態度を取るか、だ。歴史を、社会を動かし、変えていく主体的な個人として立ち上がるのか、それとも「世間」という衣をまとった顔のないノッペラボウのワン・オブ・ゼムとして傍観し、沈黙し続けるのか。


映画「サボテン・ブラザーズ」のあるシーンを思い出す。西部劇俳優の三人が本物のガンマンと間違われ、悪党と戦わざるを得ない羽目になる。こっそり逃げ出そうとする仲間に一人が「これは俺たちが『本物』になるチャンスなんだ!」と言い、地面に線を引く。「この線を越えたら本物だ、越えられないなら偽物、負け犬だ」。


今、「私たち」の足元にも、同じ線が引かれている。





「彼」の支援活動についてはこちらを参照。
12.4黒い彗星★救援会ブログ

ごあいさつ


はじめまして。


もともと、歴史認識とかそういうめんどうくさい問題とは距離を置いていたのですが、「嫌韓流」ブームの煽りを受けて、大好きな映画「パッチギ!」が「捏造映画」呼ばわりされてむかついたので、朝鮮人戦時動員(強制連行)について調べたりしているうちに、気がついたらこういうブログをやっていました。





基本的にはアホでめんどうくさがりで、たいしたことは書いていませんが、↓の記事はそこそこいっしょうけんめい書いたので、読んでいただけるとうれしいです。


鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(1)
鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(2)
鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(3)
鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(4)
鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(5)
鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(6)
鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(7)
関連:「強制連行」か「戦時動員」か?


おすすめ論文


外村大「朝鮮人強制連行―その概念と史料から見た実態をめぐって―」


外村大「朝鮮人強制連行―研究の意義と記憶の意味」


ブログタイトルの由来はこちら↓(1:39頃)。

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コメントを下さった方へ。


レスもせず放置しっ放しでごめんなさい。今、色々ありまして、精神的にあっぷあっぷでいっぱいいっぱいなもので。今週中にはお返事いたします。

朝鮮人戦時動員ウィキ作りました。


今年に入ってからコツコツ手を入れていたサイトが、何とか形になったのでお知らせします。


朝鮮人戦時動員FAQ<試作版>
http://wiki.livedoor.jp/gurugurian/d/


まだまだ未完成で、もっと手を加えなくてはいけない状態ですが(なんせパソコンがなく、「携帯電話で入力・保存」→「ネットカフェ等で編集」という恐ろしく非効率的な作業でやってるもんで。あとウィキ記法とか、もぉワケわかんないし)、一応ネットにバッコする主な強制連行否定論に対する反論は押さえてあると思うので、「強制連行されたのは245人」とかゆってる人がいたら貼ったって下さい。

忠誠・同化を強要する論理


図書館で借りた「<日本人>の境界」をようやっと(返却期限ギリギリで)読み終えた。



で、k3altさんのブログを覗いてみたら「日本人って何だろう」という記事を書いておられて、奇妙な縁と共時性を感じると同時に、そのコメント欄を読みながら「今も昔も変わんねえな」と、しばし感慨にふけった。


タイトルにあるように、この本は明治以降「日本人」と「非日本人」の境界に置かれた人々―ある時は「日本人」として取り込まれ(包摂され)、ある時は「非日本人」として排除されたアイヌ、沖縄・台湾・朝鮮出身者―の歴史について書かれている。自分が勉強不足なせいもあってか、初めて知った事実も多く(例えば、台湾・朝鮮総督府がしばしば既得権を巡って本国―内地と対立・衝突していた、など)、非常に刺激になった。


この中に武力抗日闘争が沈静化した1920年代、台湾のエリート青年層を中心に起きた「台湾議会設置運動」について触れた一章がある。彼らは穏健な態度で、独立ではなくあくまで日本による支配という枠の中で自らの権利を獲得し、地位を向上させようとした。また親日的であはあるが日本への「同化」を良しとせず、多元主義に近い立場を取って自らの漢民族としてのアイデンティティも保とうとしていた。そんな彼らに、台湾在住の公学校長(内地人)が次のようなことを言ったという。


台湾青年雑誌で君等は常に自由々々と乱叫するが、一体世には自由なるものゝあるべき筈がない。若しあるとせばそれは浅薄な西洋被りの考である。……大和魂は即ち献身服従の大精神であつて自由を許す理がない。然るに君等は好んで自由を云謂するは誠に不謹慎の極みである。……君等は既に日本臣民になつた以上はそれを改めねばならぬ。二十六年以来の善政のお陰で君等は何れ程慶沢を受けたであらう。今後も一切の施設を内地人官民が従来と同様に着々処理経営して行くのであるから、君等は宜しくそれに信頼して云はれる儘に随いて行きさへすれば必ずより大なる幸福を亨けるに違ひない。……台湾人は漢民族であるから〔日中の〕親善を謀る媒介として最も適当であると云ふ、それは全然誤謬である。台湾人が自分等は漢民族であると思ふからには決して日本に好意を抱く理がない。……何時までも漢民族で在りたいならば馬関条約当時に二ヵ年の猶予期間を与へたのに何故に支那へ還らぬか。二十六年後の今日になつて我は漢民族であると称へて憚らないのは勝手過ぎである。これは、我は数千年の歴史ある朝鮮民族であると名告るものと同一系統であつて不逞鮮人に対するそれは不逞台人となるべき者である。台湾人たるものは一日も早くその漢民族たるの観念を忘却し、大和民族の一員となることに向つて全力を尽さねばならぬ。


要するに「権利だ自由だ言う前に日本に感謝しろ、忠誠を誓え」「それが嫌なら帰れ」「日本人になり切れないなら『不逞』のレッテルを貼られても(≒差別されても)仕方がない」ということだろう*1


これって現在の嫌韓*2の、在日コリアン(日本国籍取得者を含む)に対するメンタリティとあまりにそっくりで、何だかゲンナリしてしまう。こういうのも一種の「温故知新」なんだろうか。

*1:念のために言うと、当時の日本人が皆こういう考え方だったわけではなく、多元主義的な立場から民族性の保持を容認あるいは尊重する意見もあった。ただいずれの立場でも、日本による支配・日本の優位性を前提にしている点は同じだった。

*2:嫌韓の中でも特に、自分のことを嫌韓・差別者だと思っていない層。「自分にも在日の友人がいるけれど」という文句をマクラにするのが特徴。

「マンガ嫌韓流」の強制連行否定論を検証する。


今日、「マンガ嫌韓流4」が発売したらしい。まだ読んではいないが、k3altさんのこの記事を読む限り、まあ、ロクでもないわな。


ということで「発売記念」というわけではないが、以前ミクシィに書いたマンガ嫌韓流の強制連行否定論の検証記事に加筆したものを再掲しておく。





まず「マンガ嫌韓流」の強制連行についての主張は以下の通り。


1.終戦直後には200万人の朝鮮人がいたが、この200万人の朝鮮人は強制連行で日本に連れてこられたわけではない。もし強制連行でやって来た朝鮮人がいたとしてもみんな帰っていったはず。(p83・85)


2.当時「強制連行」という名の政策はなかった。「強制連行」とは朴慶植の「朝鮮人強制連行の記録」(1965年)という本により広まった戦後の造語だ(p85・86)。


3.朴慶植は鎌田沢一郎の「朝鮮新話」の引用に際し、「但総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである。」という部分(「マンガ嫌韓流」ではここを「末端の朝鮮人官吏が暴走して実行した」と解釈している)を省略し、政策としての強制連行があったかのように見せかけた。(p86)


4.朝鮮人戦時動員のひとつである官斡旋は、斡旋された仕事先を辞めても罰則がなく、日本内地や台湾での『徴用』と比べると格段に軽いものだった。(p87)


5.つまり、日本国民の義務だった「徴用」を「強制連行」という言葉にすり替えているだけだ。 (p88)


1.について。朴慶植の「朝鮮人強制連行の記録」には、いわゆる「強制連行」(1939〜1945年)以前から朝鮮人が移住していたことも、戦時動員によって来日した朝鮮人の多くが戦後帰国したことも書かれているし*1、そもそも研究レベルでは常識で、隠されていたわけではない。ただほとんどの日本人が知らなかっただけだ(これは学校教育の場で「強制連行」が特化して教えられ、戦後の在日朝鮮人史についてはほとんど扱われていない、というのも原因のひとつと思われる)。


ちなみに「マンガ嫌韓流3」では朴一氏が「在日コリアンのすべてが『強制連行』被害者とその子孫である(という)のは間違いだ」と述べていることに触れ、まるで鬼の首でも取ったかのように大はしゃぎしているが、上記のようにそれは専門家や研究者にとっては常識なのだから、朴氏の発言は何ら驚くことではない*2


2.の「当時『強制連行』という名の政策はなかった」だが、当たり前である。政府がそんな露骨な言葉を使うはずがない。


また「『強制連行』とは朴慶植の『朝鮮人強制連行の記録』(1965年)という本により広まった戦後の造語だ」という事の、何が問題なのだろうか。山野氏は、例えば「縄文時代に『縄文土器』という言葉は存在しなかった。『縄文土器』とは近現代の歴史学者の捏造だ」などと主張するのだろうか(ここまで極端でなくとも、ある時代の出来事や現象などに、後に名前がつけられるのは歴史学上珍しいことではない)*3


あるいは、朝鮮人で、しかも朝鮮総連に属していた人間が作った言葉だからこそ問題なのだ、ということであるかもしれない*4


ならば、日本人はそれまで朝鮮人に対する戦時動員を何と呼んでいたか。例えば元朝総督府の官僚、鎌田沢一郎は「朝鮮新話」(1950)で「労務動員の強制」「誤つた強制徴用」と表現していた。あるいは森田芳夫(外務事務官などを歴任)は「在日朝鮮人処遇の推移と現状」という文書(1955)で「強制移住」と表現している。


つまり日本人の官僚も「強制」という実態は認めていた。


次に3.の鎌田沢一郎の「但総督がそれまで強行せよと〜」について。


朝鮮半島での動員には現地の募集係や面(日本でいう「村」)巡査、面書記、面長などが直接タッチし、その中には朝鮮人「も」いたが、日本人もいたのである。この点については「日韓 新たな始まりのための20章」(岩波書店、2007)で外村大氏は次のように述べている。


「また、実態として、面の職員が自己の判断で暴力的連行を積極的に行う事例が一般的であったかどうかも疑問である。そうした行為は被動員者およびその家族から恨みを買い、村落秩序の混乱をもたらすもので、面職員にとっても危険を伴うからである。むしろ、より上位の行政機関の圧力を受けて遂行したケースが多かったという推測が成り立つ。この点については企業の募集担当者がしばしば、郡や警察は協力的だが面職員は誠意がないといった報告をしていることからも裏付けられよう。前記の鎌田の指摘は、事実の一部分のみを取り出し、暴力的な動員の責任を朝鮮人末端職員に押付けたものと解釈すべきである。

(p58・59)


また、彼らによって乱暴・強引な(当時の法に照らし合わせても違法な)連行・送出がなされたことは、当然総督府も知っていた。にも関わらずそのような乱暴な連行をした者が処分されたという記録はない。


そもそもなぜ乱暴な連行が行われたかというと「そうでもしなければ人が集まらなくなったから」である。しかし時代は逼迫した戦時、どうやって集めたかを詮索する余裕はない。つまりそうした行為はほぼ「黙認」されたのだ。それを「末端の者がやったことだから」と責任転嫁するような態度を取るのは、汚職を追求された政治家が「秘書がやったことで自分は知らなかった」と言うのと同じ、無責任な発言と言えよう。


4.について。確かに募集や官斡旋において忌避者・逃亡者に対する法的罰則はなかった。しかし実際には上記のような役人や警官、場合によっては特高の刑事が立ち会って恫喝するなどの権力を背景にした圧力をかける例が多く存在した。


当時、過酷な労働条件に耐えかねて多くの朝鮮人が労働現場から逃げ出したが、それを防止するために塀で囲まれた寄宿舎に住まわせて行動を制限し、また逃亡して捕まると見せしめのためにリンチが加えられることも多かった。その結果死者を出しても、その事実が揉み消されてしまうことも少なからずあった*5。これが「格段に軽い」と言えるだろうか。


最後に5.の「日本国民の義務だった『徴用』を『強制連行』という言葉にすり替えているだけだ」という点。


「日本国民の義務」と言うが、果たして(狭義の)日本人に対する徴用と朝鮮人に対する徴用は同等であったのか。答えは否である。先に示したように、多くの動員先で朝鮮人労務者は差別・虐待された。また、よく「炭坑は給料が良かった」と言われるが、実際は様々な名目で賃金を強制的に貯金されたり、天引きされたりする例もあった。また約束されていた家族への送金が行われなかった例、酷い例では家族にも知らせず連行されたため、家族の方ではてっきり本人が死んだものと思っていた、というケースもある。


このように明らかに日本人の徴用とは実態が異なっていたのだから、後に「徴用」とは違う呼び方がされたのは当然であろう。だからこそ森田芳夫も「強制移住」という言い方をしたのである。


最初に述べたように「マンガ嫌韓流」は一貫して「強制連行は捏造」という立場をとっており、また当時は日本人と朝鮮人の間に限りなく理想的な友好関係が築かれていたと主張する。しかし、実際の戦時動員は上記のような実態であった。ちなみに終戦直後、朝鮮人労働者がいた炭鉱では多くの労務係が「報復を恐れて」逃げ出している。「限りなく理想的な友好関係が築かれていた」ならば、どうして報復を恐れる必要があっただろう*6。<追記>参考資料


(1)「社会科教科書における在日韓国・朝鮮人関係記述 −中学校教科書を例にして−」


(2)外村大「朝鮮人強制連行―研究の意義と記憶の意味―」


(3)鄭大均「在日・強制連行の神話」を検証する(5)


(4)外村大「朝鮮人強制連行―その概念と史料から見た実態をめぐって―」

*1:http://d.hatena.ne.jp/gurugurian/20090203#2

*2:ただし朴一氏による「『マンガ嫌韓流』のここがデタラメ」の強制連行に関する記述は若干問題があるように思う。

*3:例えば「ホロコースト」という言葉も、ナチスによるユダヤ人等の大量虐殺を指す用語として使用されるようになったのは戦後のことだ。

*4:そもそもこのような考え方自体、偏見と差別意識を内包している。

*5:http://d.hatena.ne.jp/gurugurian/20090110

*6:当時、労務係、つまり労務者を管理する立場には朝鮮人も採用されていた。彼らもしばしば、見せしめやペナルティとしてのリンチに加担した。そうした者の中には同胞の恨みを買い、戦後に報復を受けた者、殺された者、あるいは報復を避けるため、故郷へ帰ることを思い止まった者もいた。