おまけ。


戦争の記憶―日本人とドイツ人

戦争の記憶―日本人とドイツ人


以前紹介したイアン・ブルマ著「戦争の記憶」を読んでいたら、家永三郎についての記述があった。


(家永三郎は―引用者注)東京郊外にある自宅の書斎で、戦争について語り、私の質問に答えてくれた。


(中略)


「私は国家が教えさせようとする歴史像を堂々と否定することのできなかったことに責任を感じています。これからもずっと負い目として残るでしょう。でも、けっしてあの戦争を積極的に宣伝したわけではないのですよ。ただ、阻止する行動もとらなかったのです。」
彼は一九六五年に教科書問題で初めて提訴したとき、法廷で自分の負い目について語った。


「わたくしは戦争中に、わずかに自分個人の良心を守ることのみに専念して、祖国の破滅を傍観するあやまちを犯した。わたくしの同世代の同胞は、何百万人となく、あの戦争で……戦死をとげている。わたくしは幸いにして生き残ったが、むなしく祖国の悲劇を傍観した罪をほんとうに心から申し訳なく思っている。……わたくしは力の弱い一市民ですが、戦争に抵抗できなかった罪の万分の一でも償いたいという心情から、あえてこうした訴訟に踏切った次第であります。」
(「戦争の記憶」p236〜238)


ところでaztv氏は前述のエントリー「わら人形を攻撃する人」でこう書いている。


ちなみに私は自由主義史観陣営が自虐的と批判するグループが「自虐的」だとは思わない。左翼が批判する部分に「自分たち」は入っていない。だから「自虐」じゃない。


自由主義史観陣営」は家永氏に対して批判的なはずだし、上記の引用文からは家永氏が戦前の自分自身の態度をも批判していることが読み取れるのだけれど、aztv氏的には、家永氏は「左翼」ではないのかな。