今日図書館で借りた本。(11)
(返却予定日は2009.2.24)
- 作者: 梁泰昊
- 出版社/メーカー: 明石書店
- 発売日: 1993/07
- メディア: ハードカバー
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80年代の論文を中心に編まれたもの。朴慶植氏をはじめ、そうそうたる執筆者が並ぶ。個人的には相沢一正「茨城県における朝鮮人・中国人強制連行に関するノート」に興味をひかれる。
それにしても、分厚い・・・二週間で読めるかな。
- 作者: 大江志乃夫,浅田喬二,三谷太一郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2005/08/10
- メディア: 単行本
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海野福寿氏の「朝鮮の労務動員」が読みたかったので借りたのだが、朝鮮以外の旧植民地(台湾や満州、南方、東南アジアなど)についての論文も収録されている。
『マンガ嫌韓流』のここがデタラメ―まじめな反論 不毛な「嫌韓」「反日」に終止符を!対話と協力で平和を!!
- 作者: 太田修,朴一
- 出版社/メーカー: コモンズ
- 発売日: 2006/05
- メディア: 単行本
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こちらの記事でも少し触れた「ここがデタラメ」。ずっと前から図書館にあったのは知っていたのだけれど未読だった。
余談だが、元になった「マンガ嫌韓流」は三冊とも持っている。ミクシィでこれに関する論争になったので、資料として購入したのだけれど、レジに持っていく時は死ぬほど恥ずかしかった。買ってしばらく異常に気分が悪かったし、今でも長時間読むことができない(五分が限度)。言っちゃ悪いが、こんな本を高く評価する人の気が知れない。
ウヨクの内ゲバ?「WiLL」VS西村修平
2ちゃんねるの【誤国者】新風連と新風をヲチ40【云わずなもが】で知ったのだが、明日、西村修平氏らが「WiLL」に対して抗議行動を起こすそうな。
<『WILL』編集長・花田紀凱の傲慢に鉄槌を!>
この記事の真偽については不明だし、そもそもあまり興味はないけど、ま、いいんじゃないの。少なくとも何の罪もない一般市民の店を襲撃したりするよりは。
ところで、こういう場合は使ってもいいんだよね?
「どっちもどっち」
今日図書館で借りた本。(10)
(返却予定日は2009.2.20)
- 作者: 内田康夫
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/04/27
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- 作者: 内田康夫
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/04/27
- メディア: 単行本
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内田康夫の本は初めて読む。たまたま、この作品が朝鮮人戦時動員や拉致問題についても触れているという事を知り、借りてみた。よくテレビドラマでやっているので「浅見光彦」という名前は知っていたけれど、この作品はドラマ化されたのだろうか。もしされたのなら、うるさい人々が騒いでそうだけれど。
- 作者: 郡山総一郎,吉岡逸夫
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2004/09
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確か、この事件がきっかけで「自己責任」という言葉が流行る(?)ようになった筈。もう五年前か。
再掲「朝鮮人強制連行の記録」のp98、及び「証言 朝鮮人強制連行」p121〜123より。
一九四五年八月一五日、日本帝国主義の敗亡による朝鮮の解放は日本に連行された朝鮮人労働者に解放への歓喜をもたらし、朝鮮人労働者は懐しい故国に向って先を争って帰国した。(中略)朝鮮人は自力で大小の漁船を借り入れるなどの可能な一切の方法を利用して山口県、福岡県の各港に集結し、生命の危険をもおかしながら帰国した。事実、何年目かに故国を眼前に見ながら釜山沖で機雷による乗船の沈没という悲劇もあった。こうして八月一五日から一一月三○日までに自発的、集団的帰国者五二万五、○○○名を数えた。
- 作者: 朴慶植
- 出版社/メーカー: 未来社
- 発売日: 1965
- メディア: 単行本
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「解放の日<ヘバンウイナル>(引用者注・1945年8月15日のこと)」は文字どおり、強制連行、強制労働からの解放の日であった。
(中略)すべての朝鮮人強制連行者が、帰国を急いだ。夢にまで見た故国の土を一刻も早く踏みしめたいという気持が混乱を激しくした。数十万人を越える帰国希望者を運搬する輸送手段は整っていず、日本側の敗戦による体制の混乱が、この混乱に拍車をかけた。
(中略)そのような状況のなかで、日本に進駐した米軍は朝鮮人の帰国を一時停止し、港に朝鮮人が終結することを禁止した。このような禁止処置は、朝鮮人の帰国の要求をさらに激しいものにした。
(中略)このような混乱に加えて、炭鉱等に連行された朝鮮人労働者の帰国要求に対して、炭鉱と日本政府、ならびに進駐米軍は、採炭夫の半数以上の朝鮮人連行者が帰国することにより、石炭出炭量が激減することを恐れ、引き続き炭鉱での労働を強要した。
このような労働強制に対して、朝鮮人労働者は激しく反発し、即時帰国を要求して、立ち上がった。
進駐米軍は、再三にわたって布告を発し、朝鮮人労働者の闘争を弾圧しようとし、さらには“進駐軍”のために石炭を掘ることを要求し、“解放者”としての仮面をかなぐりすてた。
しかし米軍の布告ぐらいでは、朝鮮人労働者の帰国要求は抑えられず、かえって各炭鉱での朝鮮人の闘争をあおりたて、蜂起は全国の炭鉱に広がって行った。事態が混乱し、収拾が困難になるにしたがい、進駐米軍も、朝鮮人強制連行者を帰国させる以外にこの混乱を収拾する方法がないことを認め、彼らの帰国が再開された。
強制連行者の多くは、この時期に帰国した。しかし、もろもろの事情により、夢にまで見た故国に帰れない強制連行者も少なくなかった。
(中略)朝鮮人強制連行者は、いろいろの立場から解放の日を迎えた。ここに収録できたのは日本に残った人たちの記録であり、強制連行者のうち、日本に残ったのは、連行されたもののうちの十分の一程度ではなかったろうか?多くの強制連行者は、祖国に帰されることを望んだし、そのために大々的な闘争がくり広げられもした。
このようにして、朝鮮人強制連行者のうち帰国できた者は帰国し、種々の状況から帰国できなかった人たちは日本に残った。
- 作者: 金賛汀
- 出版社/メーカー: 新人物往来社
- 発売日: 1975
- メディア: ?
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(太字による強調は引用者)
mumur氏とその支持者は「朝鮮人強制連行の記録」のp98と「証言 朝鮮人強制連行」のp121〜123を読んでから自説を展開すべきだと思う。
はてなブックマークを辿っていて、二年ほど前のこんなブログ記事を見つけた。
mumurブルログ:当ブログをご覧の枚方市人権政策室の職員の皆様へ
これを読んだだけでは状況が掴めなかったので前後の記事もチェックしてみた。
枚方市が朝鮮人の捏造に荷担「あなたは在日が強制連行された人たちであることを知っていますか」
「在日の多くは強制連行されて仕方なく日本に住んでいる」と主張する枚方市人権政策室に電話してみました
かいつまんで言うと、枚方市の人権政策室という部署が人権に関するアンケートを行った。その問の中に「朝鮮人強制連行」に関する設問があったため、mumur氏が「電凸」した、ということのようだ(検索してみると、このことに触れているブログがいくつもヒットするので、おそらく当時はちょっとした「祭り」になったのだろう)。
しかしこの話、はじめからおかしい。件のアンケートの文面はこうだ(太字による強調は引用者)。
問16 現在、日本に住んでいる韓国人・朝鮮人の多くは、かつて日本の植民地政策によって農地を奪われたりして、日本への渡航を余儀なくされたり、あるいは戦争中に労働力として強制的に連れてこられ、差別を受けてきた人々やその子孫であることが多いといわれています。あなたはこのような歴史的経過はご存じですか。
mumur氏はこれを「あなたは在日が強制連行された人たちであることを知っていますか」と“意訳”している。しかし、太字部分の「戦争中に労働力として強制的に連れてこられ」は明らかに「強制連行」を指しているが、その前の「日本の植民地政策によって農地を奪われたりして、日本への渡航を余儀なくされた」という箇所は「強制連行」には当たらない。
このブログで何度も言及してきたように、現在の在日コリアンの内「強制連行」がルーツである人は少数で、多くは戦前の渡日によるものである。これ以外は戦後に日本にやって来た人々(いわゆるニューカマー)で、割合としてはこれも少数だから、上記の枚方市の設問は何ら問題はない*1
その部分を(意識的にか無意識的にか分からないが)ごっちゃにして「近年その嘘が明らかになってます」「朴一氏も嘘だと認めています」だのと「電凸」してこられては、枚方市の職員の方もいい迷惑だろう。
さて、最初に挙げた記事に話を戻す。ここでmumur氏は「マンガ嫌韓流のここがデタラメ」の朴一氏の主張を批判している。
どうやらmumur氏は鄭大均氏の「在日・強制連行の神話」によって「在日のほとんどが強制連行によるものではない」ことが初めて明らかになり、朴一氏もそれを認めざるを得ないから苦しい言い訳をしている、と捉えているようだが、「強制連行」された朝鮮人の多くが戦後まもなく帰国した事実は朴慶植「朝鮮人強制連行の記録」(1965年)や金賛汀「証言 朝鮮人強制連行」(1975年)にも記されていたのであって、鄭大均氏の「発見」でも何でもない。
また、朴氏が「韓国併合無効論」に依っていることをあげつらっているが、仮に韓国併合が有効・合法であるとする立場に立つにせよ、「強制連行」の実態が当時の法律に照らしても違法な形で行われていたことは、金順吉さんの裁判でも明らかにされている。
結論を言えば、mumur氏の枚方市への「電凸」は、「ネットで真実を知った!(と思い込んでしまった)」系の人による、単なるいいがかり・迷惑行為でしかない。
ただし、mumur氏の主張のうち、朝鮮総連の「強制連行」の見解に対する批判については(その理由は全く正反対だが)同意する。朝鮮総連が未だに「在日は強制連行された人々とその子孫」というような表現をするのは、「強制連行」そのものを「嘘」「捏造」にしたがっている人々を利するだけだと思う。
ある意味、スジが通っている。
「在日は強制連行の被害者ではない」。で?
このブログでは「戦時動員(強制連行)で日本に連行された朝鮮人のほとんどは終戦直後に帰国した」「従って、現在の在日コリアンのほとんどは『強制連行』によるものではない」「これは『強制連行』研究における常識である」ということをしつこいくらい*1繰り返し述べてきた。これは「在日は強制連行されたとウソをついてきた」という俗論に対するアンチテーゼとしてそうしていたのだけれど、一方で「だからどうだというのだ?」という、苛立ちにも似た感覚も覚える。
例えば。きちんと調べたわけではないが、現在の広島市民の全てが被爆者というわけではないだろう。
仮に、広島の被爆者の九割ほどが広島市以外の場所に移住していたとする。その場合、「現在の広島市民のほとんどは被爆者ではない」と言うことに、どんな意味があるのか。
問題の本質は、そんなところにあるのではない。
しかし「在日は強制連行されたとウソをついてきた」論をはじめとする俗論・否定論が、人々の関心が事の本質に向かうことを妨げている。くだらない「足止め」をさせられている。
それが、とても腹立たしい。