やほーに登録してみた。


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・・・という、今日の「アメトーーク」を観ていないと分からないネタは置いといて。





コンテンツの中の「知恵袋」を「南京事件南京大虐殺」とか「強制連行」で検索すると、やはりというか、アレな「質問」がいっぱい。例えばこんなやつ↓。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1324978863


で、「強制連行は二百数十じゃないよ、約67万人だよ」と書いたら「食糧難だったのに、そんなに連れてくるわけがない」だって。

「北朝鮮国籍」と「朝鮮籍」の話。


buyobuyoさんの「そもそも北朝鮮籍なんてない件」に関連して。


このこと、つまり「朝鮮籍」と「北朝鮮国籍」が全く違うものであることは、映画「ディア・ピョンヤン」のパンフレットの解説文で初めて知った*1


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つまり、自分がこのことを知ったのは割と最近のことなので、あまり偉そうなことを言える立場ではない。これについてはすでにネット上でも色々な方が書かれていることではあるのだが、まだ知らない人も少なくないようだし、ネット上の情報が増えるに越したことはないだろう、ということで、以前ある場所で書いたものをコピペしておく。


1910年の韓国併合で「日本人」とされた朝鮮人ですが、敗戦後の1947年「外国人登録令」で在日朝鮮人と在日台湾人は「日本国籍は有しているが、当分の間外国人と見なす」とされました。


この時点で「大韓民国」も「朝鮮民主主義人民共和国」もありませんでした。だから在日朝鮮人は登録証の国籍欄には便宜上「朝鮮」と書かれましたが、これは「国籍」ではなく「出身地」を表す「記号」ということになりました。「朝鮮籍」の始まりです。


翌年1948年、韓国政府と北朝鮮政府が樹立。1952年には平和条約発効に伴い、在日朝鮮人と在日台湾人は日本国籍を正式に離脱*2し、そして1965年には日韓基本条約が締結されます。


この間、またそれ以降も、外国人登録証の国籍欄の記載を「朝鮮」から「韓国」に書き換える人が出てきました*3。これが「韓国籍」です。


日本はこれについて「朝鮮籍はあくまで国籍ではなく記号だが、韓国籍は国籍を示す」という見解を出しました。


つまり「韓国籍」は「韓国国籍」と言えますが、「朝鮮籍」は「北朝鮮籍」ではないのです*4


余談だが、映画「パッチギ!LOVE&PEACE」に、ヒロインのキョンジャ(中村ゆり)が映画のオーディションを受ける場面がある。プロデューサーの三浦(ラサール石井)は在日であるキョンジャに「君、北なの、南なの?」と尋ね、キョンジャは「・・・朝鮮のままです」と答える。


つまり、三浦もまた在日を「北(北朝鮮籍)」と「南(韓国籍)」の二種類だと捉えていて、それに対しキョンジャは「朝鮮のまま(韓国籍への書き換えはしていない)」と答えているのだが、在日の「国籍」に対する多くの日本人の認識の誤りを実にさりげなく描いている。


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*1:余談だが、「ディア・ピョンヤン」の監督、ヤン・ヨンヒさんとは縁あってお酒の席でご一緒したことがある。「しなやか」という言葉が良く似合う、魅力的な方だった。彼女とカラオケでブルーハーツナンバーを熱唱したのは、自慢じゃないが、自慢だ。

*2:「離脱」というよりは「喪失」、あるいは一方的な「剥奪」という方が正しいのだろうが、ここでは置いておく。

*3:1965年の日韓法的地位協定によって、韓国籍に書き換えると「協定永住」という、より安定した在留資格が得られるようになった。なお、91年の入管特例法により、在日の在留資格は「特別永住者」にほぼ一本化された。

*4:細かいことを言えばもっと色々あるのだが、キリがないのでとりあえずこれだけ。

[南京事件]映画「ジョン・ラーベ」に「百人斬り競争」のシーンがあるというのは誤報、かもしれない。


こちらのエントリーで映画「ジョン・ラーベ」についてのレコードチャイナの記事を紹介した。その中の


日本軍将校2人による「百人斬り競争」など残虐シーンも多く盛り込まれている。


という部分について気になっていたので(理由は後述)、ドイツで「ジョン・ラーベ」を観た、という方にこの点について聞いてみた*1のだけれど、「百人斬り競争」のシーンはなかった、とのこと(ただし無抵抗の捕虜や一般市民を殺害する場面は描かれているそうだ)。


そもそも同じ「南京事件」つながりとは言え、二人の将校による「百人斬り」は南京へ進軍中の話なので、南京市内で活動していたラーベの映画に登場するのは不自然な気がしていた。


どうもレコードチャイナの記事というのは「釣り」っぽいものが少なくないような気がする。これもそのひとつかもしれない*2


※ただし、公開国によってバージョンが違う、というのも映画にはよくある話なので、中国公開版にだけ「百人斬り競争」が描かれている、という可能性もある。ということで一応慎重を期して「誤報、かもしれない」ということにしておく。

*1:Prodigal_Sonさんも紹介して下さっている、ミクシィ『映画「ジョン・ラーベ」が観たい』というコミュを通じて。この方による映画評も載っているので興味のある方はどうぞ。

*2:実際ミクシィの関連日記では、この「百人斬り」の部分に反応して「日本刀は二、三人も斬れば〜」といった例の否定論が掃いて捨てるほど書かれていた。

映画「ジョン・ラーベ」、監督・出演者インタビュー


以下は2008年3月12日号の「ニューズウィーク日本版」に掲載された、映画「ジョン・ラーベ」の監督フローリアン・ガレンベルガーと、朝香宮鳩彦役で出演した香川照之のインタビュー。元々ミクシィの『映画『ジョン・ラーベ』が観たい』コミュで紹介したのだけれど、せっかくなのでこちらでも紹介しておく。


「日本人を糾弾する映画ではない」 監督 作品への思いと知られざる舞台裏


2001年にメキシコを舞台裏にした『キエロ・セール』で米アカデミー賞の短編実写映画賞を受賞したドイツ出身の監督フローリアン・ガレンベルガー。今回の『ジョン・ラーベ』にかける思いなどを本誌アレグザンドラ・セノが聞いた。


――監督、そして脚本家としてジョン・ラーベという人物をどう表現した?


ジョン・ラーベという人は矛盾に満ちていた。彼は1937年当時の典型的なドイツ人だった。当時のドイツの人々は、中国人に対して優越感をいだいていた。一方で中国で29年間も暮らした彼は、ドイツ人のなかではかなり異質な存在だった。

英雄ではなかった男が、最後には驚くべき英雄になった。彼はさまざまな出来事を通じて、自己中心的な人間から思いやりのある人間へと変わった。


――日本人はどう描いたか。


むずかしかった。南京の歴史において、日本人は好かれる役回りではないが、正確に伝えるためには一面的な表現で終わらせたくなかった。

日本人を指さして「これが奴らのしたことだ」と言うようなことはしたくない。絶対に。私たちがやろうとしているのは、真実を伝えること。日本軍のなかにも、あれは正しくないと思っていた人たちがいたが、戦争の方向性を変える力にはなりえなかった、ということを伝えたい。


――ラーベがナチス党員だったことはどう扱ったか。


ラーベは1931年を最後に、ヒトラーが権力の座に就いてから、(38年に南京を離れるまで)一度もドイツに帰っていなかった。だから彼が得ていた情報はナチスプロパガンダだけ。ナチスを信じていたが、国家社会主義とはどういうものか真に理解していなかった。

だが彼は、ナチス党員だったがために大きな犠牲を払った。中国での人道行為を理由にナチスから見捨てられて投獄された。第二次大戦後は、まだナチスの一員だとみなされて連合国側から見放され、貧困にあえぎながら1950年に亡くなった。


――どうやって日本人の俳優を選んだのか。


かなりの数の日本人俳優が「南京虐殺を扱う映画にかかわりたくない」と言った。キャリアに傷がついたり、日本の右翼の圧力を恐れていたのだと思う。

だが幸い「過去と向き合い、何が起きたのか見つめ、なされたことに対して、責任を取るべき時に来ている」と、出演を申し出てくれた俳優もいた。香川、柄本、杉本といった有名俳優が出てくれた。このキャストは、私の願いである日本公開の可能性に現実味を与えてくれる。

ドイツ人として言わせてもらうなら、自国の歴史を振り返って史実と向き合うことは重要だ。たとえそれが苦い過去であったとしても。


――中国での映画製作に苦労はなかったか。とくに撮影許可の手続きなど。


昨年12月の70周年までに完成させるという計画には無理があった。政治的なテーマだったので、許可が下りるまでに思っていたより時間がかかってしまったが、最終的にはうまくいった。内容の検閲については、なんの問題もなかった。


――脚本では中国のシーンで終わっているが、ジョン・ラーベの悲劇は忘れられたままベルリンで貧しく死んでいったところでは?


最後のシーンをベルリンにするか中国にするか、私たちは長い時間をかけて何度も話し合った。脚本の段階では、南京の人々に祝福されるラーベで終わったほうが強い印象を残せるだろうという結論に落ち着いた。

編集段階でやはりベルリンのほうが良いという話になったら、撮り直しもあるだろう。後になってみないとわからない。


「文化や国籍の違う人たちに対話を」 俳優 香川照之が出演を決めた理由





さまざまなジャンルの映画で存在感ある演技を見せる香川照之(42)。フローリアン・ガレンベルガー監督の『ジョン・ラーベ』では、あえて朝香宮鳩彦王の役に挑んだ彼に、本誌アレグザンドラ・セノが話を聞いた。





――どんな経緯で出演を決めたのか。


最初は受けたくなかった。日本人にとって南京事件は非常に微妙なトピックだからだ。

2年ほど前、陸川<ルー・チョアン>監督から『南京!南京!』への出演を打診されたときはお断りした。陸は僕が前に仕事をした姜文<チアン・ウェン>監督に大きな影響を受けていて、ぜひにと頼んできた。しかし、南京事件を露骨に描く内容だったから断った。

それに比べて『ジョン・ラーベ』はドイツ人商人が主人公で、「南京虐殺」そのものに焦点を当てていない。静謐かつ国際的な視点で描かれたものだ。だから、虐殺を命じた人物の役(朝香宮鳩彦王)でも引き受けた。


――どんな役作りをしたか。


姜の映画(『鬼が来た!』)に出たとき、かなり徹底的な軍隊式訓練を受けた。だから今では、軍服に身を包むとすぐに役になりきれる。姜は一生の宝を授けてくれたようなものだ。

朝香宮は地位の高い人物だから、軍人らしさをつくり上げるというよりも、むしろそぎ落とす必要があったくらいだ。


――皇族である朝香宮は、他の軍人とどう違うのか。


最初、僕は皇族のような話し方にすることを提案した。映画『太陽』で(昭和天皇役の)イッセー尾形さんが表現したように、皇族には独特の話し方がある。でも監督からは、完璧に皇族を演じる必要はないと指示された。むしろイギリス英語のように正確に、はっきり話すよう言われたので、演じ方を変えた。


――こうした映画は日本で受け入れられるか。


南京虐殺は一方的な描き方をされていると、日本ではとらえられがちだ。多くの人が見に行くとは思えない。ただ『ジョン・ラーベ』には、日本でも有名なスティーブ・ブシェミなど、著名な役者がさまざまな国から参加している。彼らの存在が抵抗感を和らげるかもしれない。もし中国人と日本人だけの映画だったら、日本の観客を獲得するのはむずかしいだろう。


――現場はどんな雰囲気か。


もっと中国色が強いかと思っていたが、それほどでもない。中国で撮影した映画はこれで3本目になるが、ヨーロッパ映画に出ているみたいだ。


――この映画は戦争の複雑さを描いた作品だ。


観客の心に残るのは非道さや残虐さではなく、物語としての側面じゃないかと思う。


――観客にはこの映画をどのように受け取ってほしいか。


21世紀の世界はよりグローバルになっており、人々は対話を求められている。この映画を通じて、文化や国籍の異なる人たちに対話をしてほしい。


――ガレンベルガー監督との仕事はどうか。


素晴らしい監督だ。細部にこだわるけれど、必要ないものは切り捨てる。日本と違って、たくさんのアングルから撮影するのが好きだね。それに耳がいい。僕が日本語でせりふを言っているときも意味を理解している。


――中国映画に出演する機会は増えているか。


日本人スタッフと意思疎通が取れるので、日本映画に出るのが好きだが、中国のスタイルに触れていたいと常に思っている。


――中国のスタイルとは?


より混沌としていて、何度も撮り直しをしたりする。俳優として創造力を高めるにはうってつけだ。痛みがなければ得るものもない。痛みは大歓迎だ。

【おまけ】言葉の意味はよく分からんが、とにかく凄い詭弁だ。


映画「ジョン・ラーベ」について調べていたら「毛主席は南京大虐殺認めてなかった」と主張するブログが。


Birth of Blues 映画「ジョン・ラーベ」予告編


コメント欄で「その情報のソースは?」と尋ねたが、最後まで答えて貰えなかった。そんなに難しい質問じゃないはずなのにね。

南京事件を描いた映画「ジョン・ラーベ」の日本公開を求める署名


2009年3月16日、第59回ベルリン国際映画祭でプレミア上映され、高い評価を受けた映画「ジョン・ラーベ」が、来月28日から中国本土で公開されることが決まった。17日付で東方早報が伝えた。

中国・フランス・ドイツ合作の映画「ジョン・ラーベ」(フローリアン・ガレンベルガー監督)は、1937年の旧日本軍による南京攻略戦の際、多くの中国民間人を助けた“南京のシンドラー”ことドイツ人実業家のジョン・ラーベを描いた作品。日本軍将校2人による「百人斬り競争」など残虐シーンも多く盛り込まれている。


同作品はベルリンで年に1度開催されるドイツ映画界の最高峰、ドイツ映画賞(ローラ賞)で7部門にノミネートされた。日本からは香川照之柄本明らが将校役で出演している。


http://www.recordchina.co.jp/group/g29604.html


この映画、どうやら日本公開の予定は立っていないようなので、「ホテル・ルワンダ」の二匹目のドジョウ・・・というわけではないが、日本公開を求める署名を集めることにした。


http://www.shomei.tv/project-897.html


南京事件を描いた映画「ジョン・ラーベ」の日本公開を求める署名


1938年*1の南京において市民の保護に尽力したドイツ人を描いた映画「ジョン・ラーベ」(フローリアン・ガレンベルガー監督/中・仏・独)の日本公開を求めます。


1937年に起きた南京事件(南京大虐殺)の際、南京市民の保護に奔走したドイツ人ジョン・ラーベを描いた映画「ジョン・ラーベ」(フローリアン・ガレンベルガー監督/中・仏・独)が四月から中国・ドイツで公開されることになりました。本作はベルリン映画祭でも注目を集めており、世界各国で公開されることが予想されています。


ただ、本作は現在のところ日本での公開は決まっていません。おそらく配給会社が二の足を踏んでいるのは、現在の日本に南京事件を否定し、それについて語ることを抑圧するような風潮が存在すること、また公開にあたって上映の妨害などのトラブルが予想されていることがあると思われます。事実、1997年に公開された映画「南京1937」は右翼等による抗議や上映妨害が行われました。2008年の映画「靖国」も政治家による圧力がかかり、公開が危ぶまれたのは記憶に新しいところです。


この映画が日本で公開されないというのは非常に残念なことだと思います。本作には柄本明香川照之ARATAなどの日本の名優も参加しており、また前述のベルリン映画祭でも高い評価を受けた注目作です。それが日本で見られないというのは、日本の映画ファンにとっての損失と言えるでしょう。


また、日本の過去の汚点についての映画が日本で上映されないというのは、表現の自由が認められている(はずの)国としては恥ずかしいことではないでしょうか。例えばアメリカでは、ベトナム戦争におけるアメリカ兵士の非道行為を描いた映画やアメリカの政策を批判する映画も製作・公開されており、そのことがアメリカの「表現の自由」の度量の大きさを内外に示しています。逆に言えば、本作のような作品が日本で公開されないというのは、日本の表現の自由に対する「度量の小ささ」をアピールすることになるのではないでしょうか。


以上のことを踏まえ、映画「ジョン・ラーベ」の日本公開を求める署名活動を行い、各映画配給会社に提出したいと思います。


と、いうことで。賛同して頂ける方はご協力をお願いします。


映画「John Rabe」公式サイト

ジョン・ラーベ」予告編

*1:正確には、ラーベが国際安全区委員会代表として活躍したのは1937年11月〜1938年2月。後で気付いて修正しようと思ったのだが、「署名TV」では一度送信した内容は修正できない。迂濶・・・。

つくる会が(再び)センター入試にイチャモン


以前取り上げたセンター入試の件に、案の定「つくる会」が飛び付いてきた。


新しい歴史教科書をつくる会藤岡信勝会長)は12日、大学入試センターに対し、先月行われたセンター試験の日本史問題について「南京での虐殺事件や、関東軍による張作霖爆殺事件など、学会でも異説がある事柄を歴史事実として扱っており、入試問題として不適切」とする申し入れ書を送付した。2月末までに見解を示すよう求めている。


設問では、3つの文章を年代順に並び替えることを求め、「日本軍が南京を占領するに際し、捕虜や非戦闘員を殺害」「関東軍参謀河本大作らが、張作霖奉天郊外において爆殺」などが挙げられていた。


同会は「南京で虐殺事件が起き、河本大作が爆殺の実行犯と断定しなければ解答できず、特定の歴史認識を強要、誘導する設問」と指摘している。


http://sankei.jp.msn.com/life/education/090212/edc0902122307002-n1.htm


これについてはApemanさんも取り上げている。


しかし、どうなのだろう。5年前の2004年にも「つくる会」は「朝鮮人強制連行」についてのセンター入試問題に対して抗議を行ったことがある。この時はネットでもかなり盛り上がったようだ。


しかし今や「つくる会」は内紛によって分裂・縮小し、影響力もかなり低下したのではないか。また南京事件について見れば、つい先日夏淑琴さん裁判で東中野修道氏の敗訴が確定したこともあってか、この件を取り上げているネット右翼もあまり多くないように思う。


あくまで憶測だが、今回の「つくる会」の行動は、数少ない支持者に対するアピールのため、という側面が強いような気がする。要は戸井田とおるのアレと同じ性質のもの。


とはいえ、このまま看過してよいというものでもないだろう。張作霖爆殺についても文句を言っているし、ここは是非風見鶏を決めこんでいる秦郁彦氏の意見も聞いてみたいものだ。2004年のセンター入試問題の件で「それ以上に問題なのは、受験生が提起し国会でもとりあげられた本件に大学入試センター(文科省の外郭機関)ばかりか文科省、問題作成者をふくむ歴史家たちが逃げまくるか、沈黙をきめこんでいることだろう。」(「歪められる日本現代史」p68)と歴史家の日和見主義を厳しく批判した秦氏のことだ、さぞかし鋭いコメントをして下さるだろう*1

*1:http://d.hatena.ne.jp/gurugurian/20090123も参照のこと。しかし考えてみると、今回のセンター入試問題は「つくる会」や田母神「論文」支持者に対する「釣り」というより秦氏を狙ったもののように思える。そういう意味ではただの釣りではなく、アユの友釣りに近いかもしれない。